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2018年1月16日火曜日

会津坂下の奇祭・大俵引きを見に行く

1月14日は、会津坂下町へ坂下初市と大俵引きを見にいきました。

会津坂下では、年の初めの4の付く日が初めて市の立つ日ということで、毎年、1月14日に「初市」が開催されます。この初市と合わせて行われるのが、大俵引きです。


会津坂下町が自ら「奇祭」と名付ける大俵引きですが、重さ5トンの大俵を真ん中に置き、東方と西方に分かれて、綱引きのように大俵を引き合うものです。

まずは、前座として、子どもが参加する俵引きが行われます。俵の大きさは1トン、男の子は上半身裸です。


子供の部が終わると、いよいよ大人の部です。

2018年1月13日土曜日

柳津の「小さな宿の勉強会」は今回でなんと第484回

1月12日は会津坂下で用務を済ませ、さて次はどこへ行こうかと思っていたところ、今回案内してくれる友人が、柳津(やないづ)へ行くというので、付いて行きました。

友人が連れて行ったのは、柳津温泉の「花ホテル滝のや」という宿でした。なんでも、友人は私をこの宿のご主人に会わせたい、というのです。まあ、私自身、特別な予定もなかったので、そこまで言うならお会いしてみよう、ということで同行したのでした。

着いてしばらくすると、行政関係の別の来客があり、成り行き上、事情も分からないまま、私も同席することになりました。皆さんの話の内容は分かりましたが、これまでの経緯や中身については全く関知しないので、ともかく、じっと黙っていることにしました。

このときの私以外の方々の議論について、ここでは触れませんが、地域の現場でよく見かける様々なものの一端がここにもありました。

この宿に私を連れてきた友人は、夜、会津坂下で用事があるということで、私は急遽、この宿に1泊するということになりました。そして、たまたま、その夜はイベントがあるので、それにもぜひ顔を出してほしい、と言われました。

そのイベント、というのが、「小さな宿の勉強会」花ホテル講演会、というものでした。今回で第484回。えーっ、484回も続いている勉強会って、いったい、どんなものなのだろうか。しかも、柳津という小さな町の小さな宿でそれが続いているとは・・・。

急に興味がわいてきたので、この会に参加することにしました。

宿のご主人から渡された資料によると、この会の第1回は2001年2月2日に開催されて、毎月3~4回ぐらいのペースで、ずーっと継続されています。

今回の第484回は、いなわしろ民話の会に所属する鈴木清孝さんという方が「会津の民話:親父の冬がたり(冬だからこそ、語りのおもてなし)」と題する講演でした。


2018年1月12日金曜日

会津バスの粋な計らい

昨日、1月11日から福島県会津に来ています。

同じ福島県といっても、福島市出身の自分にとって、会津はあまりよく知らない世界です。これまで、何度か来たことはありますが、土地勘が全くない場所です。

今回は、東京から会津バスの高速バスで会津若松駅前まで乗車しました。快適なバス旅で、所要時間は4時間弱。郡山まで雪はほとんどなく、車窓から見える枯れ木林が夕日に映えてとてもきれいでした。

郡山からいくつものトンネルを経て山を越え、猪苗代に入ると、そこはもう一面の銀世界。かなりの雪が積もっていました。会津若松市内は猪苗代ほどではないにせよ、それでもまだ道には雪がけっこう残っていました。

道中、会津バスの運転手から、乗継タクシーの割引券をもらいました。系列の会津タクシー限定ですが、会津バスで到着後、会津タクシーに乗り継ぐと、タクシー料金から500円割引となる券です。


途中のサービスエリアで、会津タクシーに電話をし、迎えに来るように頼むと、ちゃんと会津若松駅前で待っていてくれました。市内のホテルまで780円でしたので、280円の支払いで済んでしまいました。

タクシー以外に、喜多方方面などへの会津バスの路線バスに乗り継ぐ場合にも、割引券が提供されます。

会津観光には、2,670円で、2日間、指定域内の鉄道・バスが乗り放題となる「会津ぐるっとカード」というのもあり、利用しない手はありません。

もっとも、今回は、会津坂下の友人が案内してくれているので、私はまだ使っていませんが。

巷では「明治維新150年」とか言っていますが、会津では「戊辰戦争150年」という言葉をよく聞きます。あまり知られていませんが、会津は今、地域活性化の面白い取り組みが色々行われているところです。今回は、その一端に触れることができそうです。

2018年1月9日火曜日

「よりどりインドネシア」第13号を発行しました

いくつものインドネシアを日本語利用者へ向けて発信するウェブ情報マガジン「よりどりインドネシア」は、2018年1月7日に第13号を発行しました。

第13号は、燃料全国統一価格の試行アブラハムさんとカルンパン織岡本みどりさんの犬に関するロンボクだよりマカッサルかた焼きそば物語、の4本です。

カルンパン織の織物

おかげさまで、2017年7月の発刊以来、毎月7日・22日に発行して、ここまでで13本発行することができました。今のところ、何とか、この期日どおりに発行しています。

「よりどりインドネシア」は、皆さまからの様々なインドネシアに関する原稿を募集しております。とくに、インドネシアの地方在住の方々の生活文化に関する原稿、過去の隠れた歴史に関する原稿などを歓迎します。文字数は1000字前後〜お好きな長さまで、写真も添えていただければ嬉しいです。もちろん、原稿料をお支払いいたします。

すでに、ロンボク島在住の岡本みどりさんの連載「ロンボクだより」が5回を数えるほか、中ジャワ州ウォノソボ在住の神道有子さんの「ウォノソボ・ライフ」も始まりました。ジャカルタ在住の大島空良さんの数々の原稿も、とても興味深いものです。

2018年1月3日水曜日

祈りだけでなく行動へ

新しい年、2018年が始まりました。本年もどうぞよろしくお願いいたします。

今年の自分のキャッチフレーズは、「祈りだけでなく行動へ」としました。毎年、家族の健康や世界の平和を祈ってきましたが、それだけでは不十分、自らそのための行動を起こしていかなければならない、と今年は特に強く感じました。

それでも今日は、東京の自宅近くの神社へ初詣し、しっかり祈ってきました。


23年間勤めた研究所を辞め、一人で動き始めて、今年で10年になります。これまでも、そして今も、試行錯誤の毎日ですが、一人で動けるということの意味をもう一度考えています。

日本のローカルとインドネシアのローカルをつなげて新しいモノやコトを創る、という活動を、さらに進めていきます。そして、日本のローカルどうし、インドネシア以外のローカルへの展開を試みていきます。

ここでのローカルには、地域社会・コミュニティ、地方自治体、地方企業、農民グループ、社会組織、そして地域に生きる個々の人々、を含みます。

ローカルとローカルをグローバルにもつなげていった先に、私なりの未来の姿があります。

それは、国や種族や宗教による勝手な先入観を抑え、同じ人間としての他者への想像力を深め、広げた世界であり、それを足元の日々の暮らしから発想し、意識する、ということです。

そのためには、暮らしから遠いところにある国家ではなく、暮らしに直結したローカルから発想する必要があると考えます。平和というものは、人々が自分の暮らしを第一に意識するところから始まるはずです。

ローカルは他のローカルの支配者になる必要はありません。国家という枠がはめられている以上、一つのローカルが世界中のローカルを支配することはできません。ローカルとローカルとの間に上下関係はありません。対等の関係でつながり、互いの違いを認め合うだけです。学びあいの関係をつくるのに適した関係と言えます。

そんなローカルが他のローカルを認め合いながらつながっていく世界は、国家が覇を唱え合うだけの世界よりも、あるいは覇を唱える国家の横暴を抑制させる、より安定した世界になるのではないか。

それは夢想かもしれません。お花畑かもしれません。でも、つながらずに、知らない相手を一方的に妄想し、相手を誹謗・中傷し罵声を浴びせるようなことは、個人のストレス発散の方法だとしても、決して許されるものではありません。だって、自分がそれをされたなら、決して嬉しく感じるはずがないからです。

国を知ることも大事ですが、同時に、そこで人々が暮らすローカルをもっと知り、その人々や彼らの暮らしへの想像力を高めることが必要です。

ローカルから始める意味はそこにあります。ローカルは暮らしと直結するからです。

そのような意味を込めて、これから仲間を増やす長い旅に出たいと思います。皆さんがそうした仲間に加わっていただけることを願いつつ・・・。

2017年12月28日木曜日

自分にしかできないことを高める

先日、友人から人生相談を受ける機会がありました。何かアドバイスできるような立派な人生など歩んでいるわけではないですが、ともかく、彼より少しシニアだということで、お会いすることにしました。

話を聞きながら、自分も、かつて、いや今も、自分の生きていく道筋について悩んできているということを改めて思いました。

ポジティブ全開の人も含めて、どんな人でも、自分に対して正直になったとき、今まで歩んできた道を少しも後悔しない人はいないのではないか、と思います。自分が計画した通りのベストな人生を歩んでいると実感している人はいないのではないか。

でも、自分が歩んできた道がベストだったのだ、と思って生きることは大事なことだと思います。思い描いたベストな人生ではないかもしれないけれど、今の自分は過去からの様々な出来事の因果関係の連鎖のうえに成り立っていて、後から振り返ると、これで良かったのだと肯定しないと、やっていられないように感じるのです。

相談した友人は、現状への不満と漠然と「こういうことをしたい」という思いは持っているのですが、その思いはまだホワッとした状態で、それをまだ明確に具体的にできていない様子でした。

そのときに、自分がやりたいこと、それを実現するために何をしなければならないか、ということを考えたとき、年齢や家族構成などを考慮すると、できるだけそれを無理なくできる方法を考えたほうが良さそうです。

自分の比較優位は何かも自覚しておくことが重要でしょう。比較優位がないものを実現するためには、ものすごい労力と努力を必要とします。たとえば、インドネシアに関するコンサルティングを行ないたいという場合に、既存のコンサルタントにはない何を比較優位とするのか、が問われてきます。

残念ながら、友人がそれを実現するためには、それこそ、ものすごい労力と努力を必要とすることが明らかでした。

しかし、今、自分で関わっている仕事から派生する形で、比較優位を作っていくことのほうが無理なくできる場合もありえます。友人の場合、今の仕事は、日本で専門家がほとんどいないある外国に関わるものでした。ですから、少し努力すれば、友人はその国の専門家になることができるのです。

生きてきた証は、自分にしかできないことを高めていくことで培われるものです。自分がこの世に生きた意味や証は、自分にしかできないことを世の中で実現することで生まれてくる。それは、自分という個を、アイデンティティを、明確にすることでもあります。

友人には、今の自分の状況を冷静に把握し、できるだけ無理なく、自分にしかできないことを高めていくのがいいのではないか、とアドバイスしました。

と、そこで気づきました。これは、地域が生き生きとしていく、生き残っていくことと同じではないか、と。その地域の持つ地域性をしっかり理解し、そこから他にはない、その地域にしかできないことを見つけ、それを高めていく。

そして、自分にしかできないことを高める人々が集まる地域が、自らの地域にしかできないことを高めていけるのではないか、と。

振り返って、私自身、自分にしかできないことは何なのか、改めて考えています。そして、自惚れではなく、それは、確かにある、ということを確信しています。

それは、小さい頃からずっとやりたいと思っていた、ホワッとした思いが徐々に具体的なイメージにフォーカスしてきているのでした。研究所で研究員を務めたことも、開発援助の実務に関わったことも、NGOで活動したことも、独立して自由に動け回れるようになったことも、後から振り返ると、すべてつながっているのでした。

家族を養うという意味での生活を考えれば、後悔する気持ちが全くないわけではありませんが、自分はこういう生き方をしたかったのだ、そこに意味があるのだ、という気持ちのほうが勝っている気がします。

さて、来年はどうなりますことやら。楽しみです。

起き上がりムンクさんに癒される?


2017年12月22日金曜日

東京にシェアオフィス/コワーキングスペースをつくる

今、東京の自宅付近にシェアオフィスまたはコワーキングスペースをつくる、ということを考えています。

まだ構想段階ですが、どんな人に使ってもらったらいいか、少しずつ考え始めています。

できれば、私が信頼できる方々に使っていただき、結果的に、何かを一緒に作り出せる場所にしていければと思っています。

その一方で、分野も専門も全く異なる人々、様々な国から来た人々が集まるような場にしてもいいなとも思います。

亡くなった伯母の店舗兼住居を改装する予定です。広さは、2階建てで、1階をコワーキングスペース+会議室、2階を3〜4部屋のシェアオフィス、という形にしようかなと思っています。

裏に庭があります。古い桜の木があり(下写真)、4月にはまだ花見ができます。


動き回っているので常駐は難しそうですが、私の仕事場も作る予定です。

会員制にして、会員は24時間使えるようにしてはどうかと考えています。

場所は、JR山手線の大塚駅から徒歩7分、近くに24時間営業のセブンイレブンがあります。

開業はおそらく、早くても2018年8月以降になりそうです。

どうでしょうか。

興味のある方、一緒に管理運営してみたい方、いずれ使ってみたい方、オフィスを構えたい方、何か面白いアイディアをお持ちの方は、お気軽に、メールにて私( matsui@matsui-glocal.com )までご連絡いただけると嬉しいです。

2017年12月19日火曜日

国境を越えて人々が学び合える時代が来ている

12月15日まで福島市にいましたが、とにかく寒くて寒くて、部屋の暖房が電気ストーブ1台ということもあり、書きものをしていると手がかじかんできて、体にこたえました。

東京へ戻ってくると、もう、福島よりはずいぶんと暖かく、こんなに違うものだと改めて感じいるのでした。

それでも、12月15日には、前々からお会いしたいと思っていた方とゆっくりお話しすることができ、とても有益な時間を過ごすことができました。そして、自分が目指そうとしていることは、まだほとんど手つかずの活動だということを確認できました。その辺の話は今後、追い追いしていくことにします。じっくりと始めていきます。

12月16日は、「学びあいが生み出す農家の未来」というシンポジウムに出席しました。トヨタ財団の助成を受けて、フィリピン、東ティモール、ラオスの農民たちが3カ国間を相互に訪問し、3者間で技術交換や学びあいの交流を行う事業の報告会でした。

この事業では、日本側は三者をつなげるための黒子に徹し、三者間の学びあいを深めていくプロセスを促す役目を果たします。彼らの交流のなかで、予期せぬ展開が続出し、そこからまた新たな学びあいが起こる、そんなワクワクするような事業に見えました。

2017年12月11日月曜日

40年前までの福島市民が今また戻ってきた訳

今週は金曜日まで福島市です。おこもりでしていた原稿執筆が、終わってはいないけれども、今日でようやく目途がついたので、少し気持ちに余裕ができました。

福島市で法人登記してから、ちょうど今日で8ヵ月が経ちました。法人登記したのは4月11日、東日本大震災の月命日にあたります。本当は3月11日に登記したかったのだけれど、今年は土曜日だったので、無理でした。

あの震災がなかったら、自分は故郷の福島市に活動拠点をかまえようとは、きっと思わなかったでしょう。

震災の前年に亡くなった父が、私がまだ福島市で中学・高校に通っていたころによく言っていた言葉を思い出します。

父は、「福島に居るな。外に出ろ。できれば、日本の外へ出ろ」と何度も言いました。「世界のどこにいても、元気にしているならそれでよい」とも言いました。

私は、父のように、地元・福島で学校の先生になりたいと思っていました。何かを教えることが好きだったし、たくさんの教え子に囲まれる人生が素敵に見えたものです。でも、父は、私が自分と同じ職業に就くことを望んでいませんでした。そして、大人になってから、その理由がはっきりと分かりました。

父が満足していたかどうかは別として、高校を卒業した後、東京で一浪して東京の大学に入り、縁あって就職した職場では、インドネシアと付き合うことになりました。

そして、頻繁に日本とインドネシアを行き来し、ときにはインドネシアに長期滞在し、30年以上経った今でも、インドネシアとの付き合いは切れるどころか、ますます深みにはまっていく感じがするほどです。

福島がどんどん遠くなっていきました。インドネシアがどんどん近づいてきました。

一身上の都合で23年お世話になった職場を離れ、今度は一人で挑戦しようと動き始めてほどなく、父が亡くなり、震災が起こりました。

震災後の様々な社会の動揺や変化を見ながら、自分の人生にとって何か大きなパラダイム転換が起きたように感じました。豊かになることが幸せなのか。他人に勝つことが人生の目的なのか。生きるって何なのか。依存するって何なのか。自立って何なのか。

震災後の福島が、世の中の様々なものに翻弄され、ときには差別され、排除され、無視され、ズタズタにされていく様子を見ていました。ただただ、それに対して無力な自分を攻め続け、自分で自分を罵倒していました。

個人としては原発には反対だけれども、原発に長年真面目に関わってきた高校・大学時代の友人たちや、原発のおかげで幸せな生活が送れるようになった人たちのことを思いました。白黒なんて簡単に線は引けない。きれいな結論を出せなくなりました。

自分が今できることは何なのだろう。福島から出ていった自分は、福島にとってはよそ者です。でも完全なよそ者ではなく、出戻りです。そうした出戻りが、これまでの日本の地域づくりのなかで重要な役割を果たした事例をたくさん学んではきましたが、では、自分はどうなのか。

まずは、自分の立ち位置を定めること。福島市に法人登記したからといって、福島市から一歩も外に出てはいけないわけではないし、日本中、いや世界中、どこで活動してもかまわない訳です。でも、その出発点を福島市に定めた、という意味を法人登記に込めたいと思いました。

福島市を出発点として、福島市はもちろんのこと、日本中、世界中の必要とされている場所で活動し、その成果のエッセンスを何らかの形で福島へ返していく。逆に、福島での活動の成果やエッセンスを外の世界へ流していく。

そんな、福島と外とを行き来しつつ、福島と外の世界をつなげたり、外からヒトやモノやコトを福島へ取り込んだりしながら、その過程で新しい何かが生まれる触媒の役割を果たす。それが、今考える、自分なりの立ち位置ではないか、と思っています。

これをやるんだ、というものをギラギラさせているわけではありません。今の福島市にとって必要なモノやコトは何か、といつも考えています。もちろん、やりたいと思っていることは色々あります。

でも、すでにいろんな方がいろんなことをされていて、まずはそれを学ぶことから始めているつもりです。じっくりと、慌てずに、しかし本物の活動をしたり、促したりしていけるように、研鑚を積んでいきたいと思っています。

40年前まで福島市民だった自分の、根っこの部分とよそ者の部分のハイブリッドで、自分が一体何をしていけるか。動いていきます。

昔から、大好きな福島のリンゴを毎日、実家で食べられる幸せ・・・



2017年12月5日火曜日

ただ今、東京でおこもり中です

スラバヤ出張中に体調を悪くし、帰国した12月1日はあまり具合がよくなかったので、ひたすら眠り、翌2日には、体調も回復し、正常に戻りました。

2日は、大学時代のゼミのOBの勉強会「竹内記念フォーラム」に出席しました。恩師である故竹内啓一先生(社会地理学)を偲び、教え子たちが自主的に開催しているもので、1年に2回開かれます。

毎回、OBの一人が発表、それを話題に自由討論するという形で、私もちょうど1年前、「宮本常一、地元学、メタファシリテーション:いまの私の活動を支える三本柱」と題して、発表しました。中身について興味のある方は、個別にご連絡ください。

その後、今週中に終わらせなければならない原稿作業が3本重なってしまったので、ここしばらくは、自宅からレンタルオフィスへ行って、こもって書いています。でも、量が多いためか、ちょっと遅れ気味です。

3本のうちの1本は、明後日発行予定の「よりどりインドネシア」第11号なのですが、もしかすると、1~2日、発行を遅らせるかもしれません。あらかじめ、ご容赦のほどをお願いいたします。

と、今回は、状況報告のみなのですが、最後に、ちょっとつぶやきを。

東京23区内で、オフィス、シェアオフィスあるいはコワーキングスペースが欲しいなと思っている方はいらっしゃいますか。一緒にそんな空間を作ってみたいな、と思っていらっしゃる方はいますか。

秋ももう終わりですねぇ。


2017年12月2日土曜日

食品加工業振興に関するスラバヤ出張

11月26~30日、スラバヤへ出張してきました。今回は、JICAによる「東ジャワ州の中小食品加工業振興に向けた食品加工技術普及・実証事業」の一環で、日本の中小企業による食品加工技術普及・実証のお手伝いでした。


東ジャワ州は、インドネシアのなかでも、中小企業レベルでの食品加工業の一大中心地であり、州政府の開発目標においても、農林水産品加工による産業発展を重視しています。この普及・実証では、とくに油を使用しない食品加工機械の技術普及に焦点が当てられています。

ご承知の通り、インドネシアでは、食品製造における油の使用量が多く、とくに、スナック菓子などではほぼすべてに使われていると言っていい状態です。しかも、その油のほとんどはパーム油であり、しかも同じ油を何度も使うことが一般的です。このため、油の摂取量が必然的に多くなり、健康的な食品がなかなか出回らない状態にあります。

そこで、日本で食品加工機械を製造している中小企業が、自身の持つノンオイルでの菓子製造技術をインドネシアで普及・実証したいという熱意を持ち、1年間、本案件で機械と技術の紹介・普及活動を行ってきました。

2017年11月25日土曜日

映画「おだやかな革命」の試写会に行った

ダメもとで応募したら、映画「おだやかな革命」の試写会に当たったので、11月21日に東京・銀座で観てきました。



この映画は、来年2月、ポレポレ東中野を皮切りに、全国での上映が予定されています。それに先駆けて、今回、観ることができました。

内容は、全国各地で起こり始めた、地域がエネルギー主権を取り戻すというお話ですが、単なるご当地エネルギーの話にとどまらず、それが地域のなかで引き起こす様々な新しい動きが、地域をより温かく、楽しくしていく、関わる人々の間に様々な学びと他者への尊敬を生み出していく、その様子を丁寧に描いたものでした。

2017年11月23日木曜日

よりどりインドネシア第10号を発行

11月22日、情報ウェブマガジン「よりどりインドネシア」第10号を発行しました。今回は、以下の3本です。

 ・インドネシアで寛容性の高い都市はどこか?
 ・予測不能な「インターネット大国」インドネシア(大島空良)
 ・ジャワでもありバリでもあるバニュワンギ

寛容性の高い・低いは、多様性をどれぐらい許容できるかという指標ですが、ここでは主に、異なる宗教を受け入れる程度で計っているようです。インドネシアは「多様性の中の統一」を国是としていて、異なる様々な人々の存在を受け入れることを当然としていますが、近年、マジョリティであるイスラム教の政治利用や、スンニ派によるシーア派やアフマディアに対する迫害などが問題視されてきました。インドネシアで寛容性の高い都市、低い都市はどこなのでしょうか。2015年に続いて今回、そのランキングが公表されています。

人口2.5億人のインドネシアは、インターネット大国への道を歩んでいて、ネットビジネスの可能性は明るいものがあります。その実態を、とくに若者の対応を通じて見てみると、興味深い現象が見られます。そのなかには、インターネットを活用した新たな性風俗産業のやり方のような、新しい動きもあります。ジャカルタ在住の大島空良さんが、今回も興味深いレポートを書いてくれました。

ジャワ島の東端にあるバニュワンギは、ジャワの要素もバリの要素も併せ持つ、なかなかユニークな場所です。県知事が結構なやり手で、次の東ジャワ州知事選挙の副知事候補にもなっていますが、全国的にも注目される場所になっています。イベントを通じたバニュワンギの対外的な売り込みにも熱心で、年間イベントカレンダーを用意し、毎月のように何らかのフェスティバルを行っています。なかには、ケボケボアンと呼ばれる奇祭もあります。そんなバニュワンギを今回は紹介しています。

「よりどりインドネシア」は今回の発行で10回となりました。読者登録(会員登録)していただくと、バックナンバーもご覧いただけます。また、銀行振込による登録の場合は、毎回、PDF版をメール添付でお送りいたします。

「よりどりインドネシア」は、他の媒体では読めない、いくつものインドネシアを伝えていきます。一人でも多くの皆さんにご登録いただければ幸いです。

どうぞよろしくお願い致します。

バニュワンギの海岸からバリ島を臨む

2017年11月19日日曜日

福島のインドネシア人コミュニティとつながる

昨晩(11/18)、友人を通じて、福島のインドネシア人コミュニティとつながり、焼肉パーティーに招かれました。


今後の活動の一翼として、インドネシア人技能実習生に対する相談窓口の役割を果たしたいと考えていますが、これまで、なかなかつながる機会がありませんでした。これからの展開がとても楽しみです。

噂では、福島にも少なからぬインドネシア人技能実習生がいるようなのですが、街中で出会うことはまずないし、福島県も福島市も、むしろベトナムへの関心が高く、インドネシアのイの字も聞こえてこないような状況に見えました。

でも、福島市をはじめ、二本松市、本宮市、川俣町など、けっこうな数のインドネシア人技能実習生がおり、彼らは「コミュニタス福島」というゆるやかな組織を通じて、つながっているのでした。今回お会いした方々も、この「コミュニタス福島」のメンバーです。

2017年11月16日木曜日

福島、晩秋、オフィスと同じ敷地内にて

昨日(11/15)、福島に着きました。

秋はすっかり深まり、今日(11/16)は寒い一日でした。暖房のない冷えきったオフィスで、寒さに耐えきれず・・・。ともかく暖房対策を急がなければ。

私のオフィスのある敷地内の古民家と庭の景色も、すっかり晩秋の装い。どの季節も、この場所で見る美しさが、何とも落ち着くのです。

11月、12月。締め切り迫る原稿に向かいつつ、福島から自分が始めるモノやコトをじっくり仕込み始めたいと思っています。